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東京高等裁判所 昭和48年(け)9号 決定

主文

標記被告人に対する火薬類取締法違反被告事件につき当裁判所のなした控訴棄却決定はこれを取り消す。

理由

本件異議申立の趣意は、被告人および弁護人岩切三市、同渡辺邦守連名の異議申立書並びに被告人および弁護人岩切三市連名の昭和四八年六月一三日付異議申立書の補充書、右両名連名の同月一四日付異議申立補充書各記載のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所はつぎのとおり判断する。

論旨は要するに、被告人に対する控訴趣意書差出期日通知書が適法に被告人に送達されず、被告人は右期日を知る由もなかったのであるから、右期日までに被告人が控訴趣意書を提出しなかったことを理由としてなされた本件控訴棄却決定の取消を求める、というものである。

そこで、右被告事件の第一審及び控訴審の関係記録を検討してみると、被告人は原判決宣告当時からその身柄を拘束されてはおらず、かつ当裁判所の所在地には住居等を有してはいないのであるから、刑事訴訟規則第六二条、第一項後段、第二項により裁判所所在地に送達受取人を定めて、その届出をしなければならないのであるが、本件においては右の届出のされていなかったためもあって、当裁判所は同規則第二三六条所定の控訴趣意書差出最終日(昭和四八年五月三一日)の通知書を、刑事訴訟法第五四条により準用される民事訴訟法の規定により、原審裁判所に最終に届出でられた控訴申立人の住所に宛てて、昭和四八年四月二六日、郵便送達による、いわゆる特別送達をし、右郵便物は宛先である広島大学青雲寮に同年五月八日配達されて、川並なる者が受領していることが明らかであるところ、前記異議申立関係書類に添付された疏明資料によれば、右川並は、当時、同寮の当番として郵便物を一括して受け取っていたものと認められるので、同人は刑事訴訟法第五四条により準用される民事訴訟法第一七一条第一項に掲げる同居者に該当すると解されるのであるから、前記送達は適法かつ有効に行なわれたものであって、右に該当することを否定し、本件送達を無効であるとする所論を採用することはできない。

ところで、さらに右疏明資料を検討してみると、当裁判所による前記通知書は、当時自己宛ての郵便物を受領するため当番である前記川並某の許に来た寮生の一人である牟田邦夫が、好意的に被告人に渡すため右川並からこれを預り、一旦被告人の居室に赴いたが不在であったためこれを自室に持ち帰ったものの、そのまま忘れてしまい、後に被告人のもとに控訴棄却決定が送付されて騒ぎとなってからこれを思い出して被告人に渡した、という経過を辿っていることが認められる。他方、被告人は、前記被告事件の罪となるべき事実を争い、なお控訴審における審理を希望していることも明らかである。

かような具体的事情の下にある本件の場合においては、上訴権回復に関する刑事訴訟法第三六二条以下の諸規定や、やむを得ない事情に基き期間経過後に提出された控訴趣意書の取扱に関する刑事訴訟規則第二三八条等の法意とも照らし合わせ、未だ決定で控訴を棄却すべきものと定められた刑事訴訟法第三八六条第一項第一号にいわゆる「控訴趣意書を差し出さないとき」に実質的には該当しないものと解し、改めて被告人に控訴趣意書を提出させ、延いて控訴審の審理を受ける機会を与えることが相当であると考えられるので、刑事訴訟法第三八六条第二項、第三八五条第二項、第四二八条第二項、第三項、第四二三条第二項前段を適用して、さきに当裁判所のした被告人中桐正百に対する火薬類取締法違反被告事件についての控訴棄却決定を取り消すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 吉田信孝 判事 大平要 粕谷俊治)

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